ミニマリストまっきーの全財産はコチラ!

足を骨折して気づいた、幸せになる方法

幸せになる方法

[speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”マッキー”]こんにちは。マッキー@ミニマリスト(@mackey7_net)です。
[/speech_bubble]

片足を骨折して数週間ほど普通に歩けなかったのですが、片足をようやく地面につけるようになり、やたら幸せを感じております。

ちなみにまだ完全に歩けるようになったわけではありません。ただ骨折した足が地面につけるようになっただけの話です。なのに何故かものすごい幸せな気持ちなのです。

私は日々「幸せとは何か」「幸せに生きるためにはどうすればいいか」を自問しています。

この骨折の経験における自分の感情を分析することで、そのヒントがつかめました。

「理想(期待)」と「現実」のギャップが幸せのカギ

私が幸せについて持っている仮説の1つが、「理想」と「現実」のギャップです。

誰しもが「理想」を持っています。「独立したい」「結婚したい」「お金持ちになりたい」のような一般的なものから「○歳には子供が○人いて○の仕事に就いていたい」という具体的なものまで。

一方で、みんな「現実」に直面しています。むしろ「理想」と「現実」が完全に一致した状態の人なんて誰もいなくて、そこに必ずギャップがあるのが人間というものでしょう。そのギャップを埋めていく試行錯誤のプロセスが人生であり、それが完全に一致していたらもはや生きている意味はありません。

当たり前といえば当たり前ですが、このギャップを縮めた時に、人は幸せを感じます。

私が骨折して歩けないという「現実」に直面していた時、当然「理想」の状態は歩けることでした。歩けない「現実」はとても辛いものでしたが、片足を地面につけられる=ギャップが限りなくゼロに近づいた時、私はこの上ない幸せを感じました。

そのギャップを埋めるプロセスも幸せにつながる

上記のように現実と理想のギャップが小さくなった時、人は幸せを感じます。

そして、その縮めるプロセスも、幸せにつながると私は感じました。

骨折したその日はそれはもうどん底です。松葉杖はつらいし、お風呂に入るのも一苦労。

ですが毎日やっていくとだんだん慣れていき、いかに楽に動くかを追求したりとゲーム感覚になっていきます。

「ギブスが外れる予定日」が近づけば近づくほどテンションはあがっていきます。

初めはどん底だとしても、「理想」と「現実」を埋める過程はつらいことだけではないんですね。その一瞬一瞬で幸せを感じることもできるのです。

当たり前を「理想化」できるか

理想、目標、夢などを達成すれば幸せって、誰にでも当てはまる話です。その理想の大小に関わらず。歌手になりたかった人がデビューできれば嬉しいし、明日の仕事の営業目標を達成できたら嬉しいです。

でもなぜ敢えて私は自分の骨折の例を出したのか。

それは、「当たり前」を「理想化」するのが「ギャップ」を縮め幸せを感じる最も手っ取り早い方法だからです。

骨折前の私にとって歩けることは当たり前のことでした。骨折によって、歩けないことが「現実」、歩けるという当たり前の状態が「理想」になりました。つまり骨折によって「当たり前」が自動的に「理想化」されたんですね。言い換えると歩ける状態に感謝を覚えるようになったのです。

幸いにも骨折は治るものですから最終的にこの「理想」と「現実」のギャップはゼロになります。歩ける状態にこの上ない幸せを感じたのもそのためです。当たり前の状態に感謝できることが幸せへの一番の近道です。

では私たち全ての人間が例外なく共通して持つ「当たり前」は何でしょう。

「生きている」ってことですよね。結局は生きているという最も当たり前な状態に感謝をし、幸せを感じられるかという話です。

まさに、

生きてるだけでまるもうけ

ー明石家さんまー

ですね。

余談ですが「幸せ」と「満足」は違うと思います。「目標」に「現実」が追いつかなく「不満足」な状態は往々にしてありますが、それは「不幸」とはちょっと違うと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です